« 【エクスカージョン 2】 彼らは何故にこの島へ、あるいは古くて新しいアイスランド | トップページ | 【エクスカージョン 3】 現代イギリス人のメンタリティー、あるいはEbbsfleetの謎 »

2010年3月 4日 (木)

【語源エッセイ 2】 like、lie、lay、logの語源

 シルケボー警察の捜査官はその電話を切ったとき、それは単純な誘拐殺人事件ではないと悟った。とはいえ数日前にコペンハーゲンから出てきた少年がユトランド半島で姿を消していたのは事実である。

 ゲルマンの神、トールの森を意味するトールン(Tollund)の集落に住むヴィッゴとエミルのヘイゴール兄弟、それからヴィッゴの妻のグレーテと彼女の連れ子のヨンはその週末も一家総出で泥炭を切り出しに家から数キロ先の沼地へやってきた。泥炭は乾燥させると囲炉裏での使用に最適な燃料だった。とろとろとゆっくり燃え続けるからだ。そしてなによりも、山のないデンマークでは地面を切り出すだけで手に入るこの燃料は重宝したのだ。むろんずっしり重い泥をレンガ状に切り、それを荷車に乗せるのはそれなりに重労働だったが。

 最初に泥のなかの異物に気づいたのはグレーテで、よく見てみると埋められてまだ日がたっていない人間の頭部がさながら穏やかに眠っているように目を閉じていたのである。195056日のことであった。

 ヘイゴール一家はなにを逡巡したのか、このことをすぐに通報しなかった。そして二日後になってようやくシルケボー警察に電話したのである。捜査官が現場にやってきたとき、たしかに少年は地表から約2メートル半のところに横たわっていた。しかし捜査官が確認したかったのは周囲の状況であった。もしもこの少年がここに埋められたとすれば、周囲に穴を掘った形跡があるはずだ。しかしあたり一帯にはヘイゴール一家が泥炭を整然と直方体に切り出していった跡のほかには地面の乱れはなにひとつなかった。捜査官はそこで思った。これはやはり自分たちの管轄ではなく、念のために同行してもらった教授にバトンタッチすべきであると。

 シルケボー博物館のグロッブ教授は直後の調査により、この遺体は約2000年前のもので、おそらく生け贄として埋められたのであろうと予想した。この湿地遺体はその後、ヘイゴール一家が暮らしていた集落の名前をとって、トールンマンと呼ばれている。また、湿地遺体のことを英語ではmoormanあるはbog body、ドイツ語ではMoorleicheという。

Moorleiche

* * *

 「好む」を意味するlikeの語源は、トールンマンの歴史と同様に不思議なものです。likeの使い方でやっかいなことは、いまでこそこの単語には人間を主語に立てることができますが、昔はそれができないということした。「物がひとの気に入る」という言い方をしたのです。これは同じく「気に入る」を表すフランス語plaire(英語のpleaseに相当する)やドイツ語のgefallenの使い方と同じです。

 しかしこのやっかいなところがむしろ語源を考えるヒントを与えてくれます。likeは古英語ではlicianと綴りますが、これには名詞形があって、licは「体」、またその形容詞形もlicで「~と同じ体をもった」をいう意味です。これが現代英語の形容詞like「~に似ている、~と同じ」になります。副詞や形容詞を作る語尾の-lylicが縮まったものです。friendlyは語源的にはfriend-likeで「友達のような」という意味になります。ドイツ語では現在でも「体」を意味することばにLeicheがありますが、これは古英語のlicにあたります。

 では、どうして「体」と「好む」は関係があるのでしょうか。まず、形容詞の「~に似ている」から考えるとわかりやすいと思います。日本語に「体裁」ということばがありますが、「ABに似ている」ということは、「ABの体裁をしている」とほぼ同じことです。あるいは「自然体」とか「死に体」の「体」のことです。これを英語では“A is like B”というのです。この形容詞のlikeはドイツ語ではgleichに相当します。gleichとはge-leichのことです。gleichは副詞で「ただちに」という意味ももっていますが、これはAの動作とBの動作の時間が「同じ」ことを指します。

 次に動詞の「好む」ですが、「ABに似ている」ということは、「ABに合っている」、つまり「BAの気に入る」ということになります。これは服を選ぶときを想像すればもっともわかりやすいと思います。「この服は私の体にぴったり合う」から「私はこの服を気に入る」というふうになります。動詞のlikeの基本的な意味はあくまでも「~の体に合う」ですから自ずと主語はその人ではなくて物になってしまうのです。「物がその人(の体)にぴったり合う」ということは「その人はそのものを気に入る」ということです。

 辞書を見ると動詞のlikeと形容詞のlikeは別々の見出し語になっていて、しかも一見したところ両者の意味は違いすぎているので、お互いに関係があるとは思えないのですが、語源を調べるとじつは両者は同じことばの動詞形と形容詞形であることがわかります。

 現代の英語では “You like this suit.”のように人間を主語にしますが、もとは “This suit likes you.”といいました。このように主語と目的語がひっくり返ってしまったひとつの原因としては、英語の二人称代名詞は主格と目的格が同じ形のyouであることがあげられます。

 さて、likeの語源をさらにたどると印欧祖語の語根*lik-「体」に行き着きます。ここで面白いのはドイツ語のLeiche「体」は同じ体でも「死体」を意味します。生きているひとの「体」はKörperといいます。それで、ヨーロッパ北西部を中心にこれまで1000体ばかり発見されている湿地遺体はドイツ語ではMoorleicheといいます。トールンマンのみならず遺体は横たわっているものですが、「横たわる」を意味するlieや他動詞形のlayはそれぞれ古英語ではlicganlecganといい、印欧祖語の*legh-「横たわる」にさかのぼります。ここで予想されるのは*lik-「体」も*legh-も元来は同じ語根で、子音のlk/gの組み合わせが「横たわる」さまを意味するのではないかということです。「丸太」のlogは切り倒された木のことですが、これも同じ語源であろうと思われます。すべて「ごろごろ」横たわるものです。

 トールンマンはその後の詳しい調査で、泥炭層は有機物を分解するバクテリアが増殖しない環境であること、紀元前400年ぐらいの鉄器時代初期の人物で身長約161センチ、年齢は40才ぐらいであること、最後に食べたものは穀類のお粥であること、首を吊って殺されたであろうことなどがわかっています。しかしMoorleicheということばからlikelielaylogなどの語源もリアルにわかるヒントを与えてくれるのです。

« 【エクスカージョン 2】 彼らは何故にこの島へ、あるいは古くて新しいアイスランド | トップページ | 【エクスカージョン 3】 現代イギリス人のメンタリティー、あるいはEbbsfleetの謎 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1324142/33625129

この記事へのトラックバック一覧です: 【語源エッセイ 2】 like、lie、lay、logの語源:

« 【エクスカージョン 2】 彼らは何故にこの島へ、あるいは古くて新しいアイスランド | トップページ | 【エクスカージョン 3】 現代イギリス人のメンタリティー、あるいはEbbsfleetの謎 »