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2010年4月23日 (金)

ラテン語はどこの国のことばだった?

 次のうち正しいのはどれでしょうか?

1. フランス

2. ブラジル

3. 古代ローマ

4. 古代ギリシャ

 中学か高校の地理の時間で「アングロ・アメリカ」と「ラテン・アメリカ」ということばが出てきたのを覚えています。もちろん前者は北米を、そして後者は中南米を指すことばです。いうまでもなく、北米は主としてイギリス人、つまりアングロ・サクソンの人々が入植し開拓を進めたのに対し、中南米はスペイン人やポルトガル人というラテン系の言語を話す人々によって開かれていきました。したがって「ラテン・アメリカ」の「ラテン」とは入植者がもともとヨーロッパでもっていた言語文化を指すことばなのですが、一般的には、たとえば「ラテン音楽」ということばがあるように、入植者が住みついた先の文化を指していることが多いようです。しかしもともと「ラテン系」ということばは、ラテン語から枝分かれしたヨーロッパの近代諸語の系統を表し、これらの言語は別名「ロマンス系」とも呼ばれます。

 ではラテン語は元来どこで話されていたことばでしょうか。ラテン語はもともとイタリア半島の中部のラティウムという一地域で話されていたことばです。そしてこれが西ローマ帝国の拡大および西暦313年以来キリスト教の布教とともに徐々に西ヨーロッパに広がりました。このラテン語で使用する文字が、われわれが英語などで用いるアルファベットです。この文字はローマを本拠とするキリスト教とともに西ヨーロッパにもたらされたため、これをローマン・アルファベットあるいはローマ字と呼びます。そして476年に西ローマ帝国が崩壊した後は西ヨーロッパにはさまざまな国が生まれますが、それでもラテン語を使うキリスト教によって結ばれた共同体という姿がヨーロッパの文化的実体となります。

 このようにキリスト教とラテン語は切っても切れない関係にあるのですが、もともと両者の間にはなんの関係もありませんでした。なぜなら、イエス・キリストはユダヤの民ですし、旧約聖書はヘブライ語で書かれ、キリストの死後編まれた新約聖書はギリシャで書かれたからです。そして400年頃にヒエロニムスというひとが二つの聖書をラテン語に訳しました。この時以来ラテン語は「聖なることば」になります。神のことばを表現できると見なされたので「聖なることば」なのです。

 教会のことばとしてのラテン語、あるいは政治や大学で用いられたことばとしてのラテン語は、いわば西ヨーロッパの「公式の」言語であったといえます。一方で西ヨーロッパの人々は日々の生活を「自国語」を用いて暮らしていました。「聖なることば」と対照させるために「俗語」ともいいます。西ヨーロッパで用いられていた「自国語」あるいは「俗語」は大きく分けてゲルマン系の言語とラテン系(ロマンス系)の言語があります。前者はドイツ語、オランダ語、英語、北欧の諸言語です。そして後者が元の西ローマ帝国内でラテン語が次第に「土着化」して生まれた言語のことで、イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ル-マニア語、レト・ロマン語などが含まれます。

 西ヨーロッパにはラテン系の言語の地域であれ、ゲルマン系の言語の地域であれ汎ヨーロッパ的な「聖なることば」としてのラテン語と卑俗なことばとしての自国語という対立がどこでも存在していました。近代になって各地の自国語に聖書が訳されるまでは自国語は神のことばを表現する力をもたない卑しいことばであると考えられていたのです。あるいはそのようなフィクションを作ることによって教会の権威が保たれていたのです。

 このような対立を表現する単語があります。西ローマ帝国の大半を継承したのはフランク王国というゲルマン人の国でした。彼らは自分たちから見て「外国の」人々、つまりラテン語を話す人々を*hwalhiskと呼び、これの反対語、つまりラテン語を話す外国人ではない「一般庶民の」人々を*theudiskと呼んだようです。この*theudiskが後にゲルマン人の言語そのものを指すdiutiscを経てdeutsch(ドイチュ)「ドイツ語の」になりました。つまりドイツ語という言語名Deutschは、もともとラテン語を話す「外国人」に対して、母語を話す「普通の」人々を意味していたのです。そしてこの言語名から、後の彼らの国名であるDeutschland(ドイチュラント)が生まれます。

 さらに付け加えると、イングランドに住みつたゲルマン人(アングロ・サクソン人)が、彼らにとっての外国人であるケルト系の人々に対して*hwalhisk「外国の」を用いたのがWelsh「ウェールズ人の」の語源となります。またdeutschということばが低地地方ではdutch(ダッチ)と発音され、それが「オランダの」を表すことばになりました。二つの形容詞「ドイツの」と「オランダの」はもともと同じことばなのです。

 ことばと民族という視点で見ると、ゲルマン系の言語を話す人々は彼らの民族としての歴史と言語の歴史がずっと重なっています。したがってゲルマン系の人々にとっては自国語の個々の単語にはたんなる意味以外のさまざまな「感触」や「思い出」が付着しています。これに対して、ラテン系の言語を話すおおかたの人々は主として元来ゲルマン系の人々です。フランスのもとになっているフランク族はゲルマン系の部族です。つまり彼らの民族の歴史と言語の歴史は途中まで重なっていません。とくにラテン語は中世以来、当時のヨーロッパの共通語でしたからどちらかといえば言語の記号的要素が強まったことばです。いま世界中の人々が英語でコミュニケーションをするように、いわば互いの意思疎通をどうにかするための手段にすぎない、そのような性格のことばです。

 このような自国語系とラテン系のそれぞれの言語文化を日本大和ことば系と漢語系の二つの言語文化と考えることができます。日本語と英語は両方の要素を取り込んでいるため、ことばに関心をもったひとにとってはいわば「一粒で二度おいしい」言語体験ができるのです。

【答え:3

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